休職期間中の過ごし方①
今日は続けて投稿します。
休職期間の過ごし方
2021年10月10日~11月9日まで休職することになった。
正確に言うと10月9日の午後から休みに入っていた。
午前中は出社し、今までの経緯・ヒアリングを営業統括部長に話していた。
自分の元上司は以前にも何人も休職に追いやっているため社内の理解は早かった。
そもそもそんな上司を部長のままにしておく会社もどうかとは思ったが。
しかし、統括部長から「今まで気づいてあげられなくて申し訳なかった」と。
私は涙が溢れた。社交辞令だとしてその言葉が聞けて嬉しかった。
「まずは体・心をゆっくりと休めてください。」と言われ休職に入った。
その日の午後は川沿いの河川敷へ行きゆっくりぼんやりと景色を眺めていた。
季節は秋。風に揺られるススキをぼんやりと眺めていた。
疲れていたのかまた涙が流れた。
「ああ、疲れていたんだな。」
自分にゆっくり休んでと言い聞かせ、日が暮れるのをいつまでも待ちながら
本を読んで時間をつぶした。
1ヵ月の休職
最後にブログを書いたのが50数日前とは時の流れも速いなと感じる今日この頃。
久しぶりに更新しようと思います。
1ヵ月の休職期間へ。
2021年10月末日。
いよいよOJT研修も終わりを迎え、11月1日から一人立ちを迎えようとしていた。
当時の部署はOJT担当者は面倒見の良い方であったため、部長から「とっとと突き放せ」と言われていたそうだが、こんな自分を最後まで面倒を見てくれていた。
後日ある業務について「これやってみろ」とOJT担当者から案件をもらった。
技術者と相談して進めろ、ということだが誰に聞けばいいかというヒントだけもらいあとはほぼ放置。自分はすぐにその技術者に相談しにいったが、「諸事情によりその案件は引き受けられない、正確に言うと季節上実施できない」と回答を得た。
自分はすぐに報告した。「こういう事情でできないとのことです。」
すると、「そんな話はどうでもいい。どうやったらできるかを聞いてこい」
と跳ね返された。(当時の自分はまだ当事者意識が無く、指示されて動いていたので、ここがいけなかったのかなと今では思う。)
次第に自分の精神状態がおかしくなっていることに気付き始めた。
退社後も気分がすぐれない。
いつも退社後はジムで筋トレをしているがその気力になれない。
食事も喉に入らない。
ずっと抑うつ状態が続いている。
「もう限界だ」
私は会社のメンタルサポート室に連絡した。
するとすぐに産業医に罹るように勧められ、そこで初めて精神科へ受診した。
結果は「適応障害」。
精神状態も優れないため、1カ月程度の休養を要すると診断された。
休職するにあたり、休職願・傷病手当の手続きを内々で進め、部員にはこの事は最後まで伏せていた。
そうして2021年11月10日
休職期間へと入った。
体の異変が出てきた10月
しばらくブログをほったらかしていました。
っても誰も見てないと思うけど(笑)
備忘録的な形でこのブログに残します。
体の異変が少しずつあらわれてくる
前回の記事で触れたのは2021年6月ごろの話でした。
ミスはあまり減りませんでしたが、それでも一歩ずつ着実に仕事をこなそうという
思いで日々を過ごしていました。
2021年11月まではOJT研修ということで、先輩社員のサポートの下業務を行っていました。国を相手にする営業部署なので、「入札」制度だったため、発注案件に対して、価格競争・総合評価による競争で業務を請け負えるように頑張る・・・!的な営業スタイルです。国が予定している価格にドンピシャになるように積算をするのがメインでした。ゲーム感覚で楽しそうだなと思いましたが、自分の作成する積算と国の予定価格は乖離があり、業務を取ることができない日々でした。
上長からも「今すぐに仕事が取れるとは思っていないから」と言ってもらいましたが、今思い返せば仕事に対する熱がまだ自分になかったので、どうして乖離があったのか、改善などをよく考えなかったので上長にはその点で指導を受けていました。
一回の指導が長いので定時後に呼び出されて残業時間が1時間半分丸々指導の日もありました。
9月を過ぎ、OJTの担当者に上長が「そろそろ独り立ちできるように突き放せ」と言ったみたいで、自分で物事を考えて仕事をしろという指導方法に変わりました。
勿論分からないことばかりなので、聞きますが。上長・OJT担当者には「自分で考えることを放棄している」と言われるようになりました。
・・・いやだから考えてもわからないから聞いてるんだろ、と。
その考える時間はすぐに聞いた方が物事が早く進むだろと。
こんな感じなので、心のもやもやが多く募るようになり、一度社内カウンセリングを受けようとしました。
規定上業務時間内は上長の許可をもってカウンセリングを受けられる、というものでした⇒そもそもその規定もどうかと思うけど。
上長に話しました。
遠回しに断られました。
「悩みがあるなら俺に話せ」と。
いやてめえのことで悩んでんだよ!!!
・・なんてことは言えず。
うまくごまかして悩みを話し、ぞれに対して助言。
「これで悩みはなくなっただろ?」とどや顔。
いや全くな。死ねよ。
って言いたいぐらいでした。
そして来月いよいよ休職へ・・・。
長くなりましたので次回に回します。
適応障害発症まで・・・
皆様
こんにちは。21卒サラリーマンです。
今回は私がなぜ適応障害を発症したのかについて順を追ってお話しします。
※内容が重いです。読んでいて気分はよくないです。申し訳ないです。
きっかけ
2021年4月入社。一か月は同期が集まりのらりくらり研修でした。
会社について、経営方針について、ビジネスマナーについて・・・・
(眠くなるやつです。コロナ禍のせいでほとんど在宅だったためみんなほとんど聞いてなかった・・・?)
2021年5月
他部署研修。技術職がメインの会社なので色んな部署を回り実業務に触れてその部署が実際にどのような仕事をしているのか勉強する期間でした。
同期2~3人でグループ単位で回ったのでこの時期はまだ楽しかったな・・・。
2021年6月
本配属。ここからです。地獄の始まりは。
私の部署は社員自分入れて3名、派遣事務員さん1名という少数部署でした。
※会社全体は1000人を超えるかなり大きい会社です。
社員構成は私、先輩、部長です。
結論からいうとこの部署はTHE 体育会系な部署です。
私も小学校~大学までサッカーをやっていたのでやっていけると思ったのですがね(笑)
人事もそれを見抜いてこの部署に配属したのかな・・・?
部長の性格はとにかく「型に当てはまらない」人です。ポジティブな方に例えるととにかくクリエイティブな考えを持つ人。常識を疑うこと、常に「なぜなぜ思考」を持つ人。
常に会話の中で「それの根拠は?」「なんでそう思うの」という発言があります。
ビジネスにおいては大切なことです。
・・・ビジネス版ひろゆき的な・・・?(笑)
また、他己分析に優れており、私の発言に対して、「それって本心で話してる?自分をよく見せたいからそういう発言してるんじゃないの?そういうパフォーマンスいらないから。〇〇(私の名前)はよくそういう背伸びをする傾向があるな。そういうのハリボテ人間っていうんだぞ」
とのこと。正直私の性格をずばり当てています。
もはや自分より自分のことを知っているんじゃないかと・・・(笑)
皆さんは報連相という言葉はもう言われなくてもご存じの方が多いと思います。
もちろん私も徹底しました。
私の会社ではTeamsというソフトを導入しているため、連絡手段は主にTeams
でした。
※コロナ禍のため、週3日以上在宅をしているためです。
私にも非はありましたが、業務連絡を部長にした際に「その連絡のやりとりって意味ある?それを俺に話してどうするの?もう少し連絡すべきことの分別をつけてから俺に言え」とのこと。
また、他には「お前は分かってないのに『はい』っていうよな。それ本当やめろ。お前の悪いところだぞ」
こればかりは自分が悪いです。
本当に直さなければいけないやつです。
長くなってしまったので、今回はここまでにします。
次回もこの続きをお話しします。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
私がブログを書くことをきめたきっかけ
皆様
はじめまして。21卒新卒サラリーマンです。
突然ですが、この度ブログを始めることにしました。
ブログを始めるに至った経緯
まず、ブログを始めるに至った経緯を話す前に、簡単に自己紹介をします。
・21卒サラリーマン(現在休職中)
・ペンネームは考え中です。
・1998年9月生まれ
・A型
・趣味は、カメラ(KISS eos kissx7)、筋トレ、サッカー、一人旅
→割とアウトドア派かな?
以上が簡単な自己紹介です。
では、ブログを始めるに至った経緯をお話しします。
21年4月、期待と不安を胸に航空コンサルの会社に入社。私の希望する職種は営業であり、その希望通り営業での採用でした。
しかし、入社半年後に「適応障害」を発症し、現在休職しています。
理由は上司によるパワハラ(現在社内にて確認中)。
今は一か月の休職期間中です。
世の中には適応障害で苦しんでいる人は100万人以上いると言われています。
(いや、多すぎでしょ、日本どうなってるのさ・・・)
そういった方たちとつながりたい、もしくは自分がこの休職中にどのように過ごしているのかを日記風にゆるく発信していきたいと考えてはじめました。
正直このブログを読むには内容が重いと感じます。
しかし、ありのままを伝えたいと思います。
これからよろしくお願いします。